自動車史 キュレーター 清水榮一
日本特有の自動車発展史 8
第7章 新興国とともに経済成長に大きく寄与する自動車産業
第1節 自動車先進国の使命
自動車産業は国際協力の結晶だ。ドイツ人がガソリン・エンジンを発明し、フランス人が走る愉しみを、アメリカ人が大量生産を、そして日本人が優れた国策と企業経営と商品生産技術を加速させてきたが、このような国際協力活動の象徴的な自動車産業をリードした国と企業は、これからも新興の国々に支援の手を差し伸べるべきと思う。それは自動車産業が一国の総合産業であり、国民生活に不可欠な財だからである。
いずれの国々も時代の違いはあるが、国の産業は3つのステップを経て発展して来た。今後も同様だろう。
第1ステップ 自然資源を確保する時代・・・農業、林業、水産業など
第2ステップ モノを造り出す時代・・・鉱工業、製造業など
第3ステップ サービスを創り出す時代・・・金融、教育、医療、情報通信、不動産、運輸、飲食業など
これら3つの時代に共通する点は、ヒト・モノ(含情報)・カネが移動することによって経済的な付加価値が生まれ高まり、人々の暮らしが豊かになる経済活動の進展である。
日本は今や立派な文明国だが、その礎の一つは江戸時代の教育制度と参勤交代制度にあったと言われる。当時、全国に寺子屋が約15千軒もあり、高いリテラシー(識字率約4割)によって、定期的にヒト・モノ(含情報)・カネが世界最大120万人都市の江戸と各地方との間で大量に移動し交換されていた。一時期鎖国政策により西欧の産業革命の成果と距離を隔てたが、その後、明治、大正、昭和時代に西欧にキャッチ・アップして行く過程でもヒト・モノ・カネの大量移動による経済効果が驚異的に拡大した。
ヒト・モノ(含情報)・カネの移動は飛脚、馬車・荷車に始まり、鉄道、船舶、電信電話、自動車、航空機、ITに至るまで、より迅速に、より大量に、より緻密に、より安全に、より快適に進化した。この進化に伴って財の移動が齎す財の付加価値も多様化した。「移動」には荷物の様な有形なものと情報等の様な無形なものがあるが、有形の移動手段のうち鉄道や船舶は大量運搬を、宅配はきめ細かい小口運搬を、航空機やITは迅速な運搬・伝達を担っている。自動車は鉄道や船舶や航空機の弱点をカバーしつつ、極めて多くの自動車があらゆる分野で活躍して来た。自動車がこの様に社会的な役割を果たす事が出来たのは、次の3つの特徴を備えていたからであろう。
①企業や個人が望む人や荷物を自由な時間に自由な経路で運転、運搬が出来る。
②殆ど全ての道路を走行して津々浦々に行ける。専用道路による輸送は更に経済性を増大する。
③物流移動のかなり多くの部分を占める為、多くの新しい文化的な価値を産み出す。
しかし残念ながら、現在、自動車の便益に預かっているのは世界の人口約70億人のうち約3割の20億人程度ではなかろうか? 今後、7割相当の50億の人々も多くの経済的・文化的な付加価値を享受出来るように、我々自動車先進国には発展途上国を支援する使命がある様に思う。それは敢えて言うまでもなく、最善の国際協力であり国際平和への道でもあるからだ。
日本車販売のきめ細かなアフター・サービス(北米 1958年)
街中で活躍するエンジン付きベチャ(インドネシア 2011年)
第2節 自動車の社会的役割の変化
(1)まずソフト志向ありき
私は営業畑を歩いたが、「営業活動は新しい生活のビジョンを提案する事が基本。個々のモノを売るのはその後」との心構えを大切にして来た。今、「自動車100年目の試練」を乗り越える発想もこの心構えで、先ずは将来ビジョンをシッカリ押さえておきたい。因みに明治の新政府は肉食を奨励、福沢先生も「肉食之説」を記述し洋服や靴も奨励したが、この背景には肉食や洋服や靴といったモノ(ハード)以前に「西欧先進国並みの文化構築」というソフト思考があった。因みに、この発想の順序が逆だとモノから発想する技術論に陥ったり、新商品の販売拡大を狙った商業主義の犠牲に陥るから注意が肝心だ。
自動車が市場に現れた頃は、その1台が限られた人々の運搬に使われたが、やがて多くの人々と多くの企業を対象にバスやトラックやタクシーが公共の交通・輸送手段となり、更にマイ・カーも普及し、国を挙げての総合産業である自動車産業は雇用の面でも経済を著しく活性化した。今やIT技術と組み合わせた宅急便の驚異的な普及は人々の生活の質を向上させているのは周知の処である。
つまり自動車は今や1台だけの存在ではなく、社会生活の総合的なシステム財として他の財や情報との連携を深めつつ、その時代の要請に応える新しい機能を発揮し、今後尚一層その度合いを深化させるであろう。具体的には次の5つの変化に観られる様に、従来のモノ(メカ)中心の発想を卒業し、人々の生活や文化の向上を図るソフトの発想にシフトしている。特に④と⑤は今後の最重要ソフトになるだろう。
①必要に応じていつでも手軽に使えるように(ex “ママ・チャリ化”、“軽自動車化”)。
耐久消費財の感覚から最寄り品の感覚で気軽に簡単に使う。
自己所有からレンタルやリースにすることで保管場所や維持の手間を省 く。
②安価に購入又は維持出来るように(ex“リース化”、“レンタル化”、“所有シェア化”)。
購入やレンタルの費用、税金、燃費、修理費、保管費等の維持費、保険料等の負担軽減。
③運転する手間と操る愉しみが二極分化。
運搬等の用役としての取扱い(運転)と走る愉しみ、それぞれに適した自動車に分化。
④更に安全、省エネ、環境対策のトータル・システムに対応出来るように。
⑤公共事業(家庭や企業用電力の需給調整、公共交通等)との連携システムに対応出来るように。
これらのニーズ・レベルとその展開時期は国々で差異はあるが、どの国に於いても産業経済と生活水準が高度になるに比例してすべての財は様々なソフトの発想を具現化していく。
我々は日々、企業に於いても私生活に於いても多くのエネルギーを消費しているが、世界の国々で最も重要な課題になっているのがエネルギー消費効率の改善である。自動車は社会的効用が極めて大きいが同時にエネルギー消費も多い。日本はエネルギー消費効率の改善では、1970年から1990年の20年間で約35%、1991年から2010年の20年間で約10%、2012年から2017年の5年間で約10%改善しており、2030年までに2013年度比で約26%を削減する予定だ(経済産業省報告)。
近い将来、人々はネット・ゼロ・エネルギー・ハウス(ZEH)に住み太陽光による電気をEVに蓄え、スマート化やIOTによる節電・節エネルギーが一層進むので、EVの普及は省エネ対策にも貢献する。
経済産業省では10年後の新車需要はEVが45%~60%を占めると予測している。
2020年 | 2030年 | ||
従来車 | 50~80% | 30~50% | |
次世代自動車 | 次世代自動車 全体 | 20~50% | 50~70% |
次世代自動車 | ハイブリッド車 のみ | 20~30% | 30~40% |
次世代自動車 | 電気自動車 プラグイン ・ハイブリッド車 のみ | 15~20% | 20~30% |
次世代自動車 | 燃料電池車 のみ | ~1% | ~3% |
次世代自動車 | クリーンディーゼル自動車のみ | ~5% | 5~10% |
(3)EV定着に向けての官民協調活動
「100年目の試練」を乗り越える為には個々の自動車企業と業界と行政の3者連携が不可欠と思う。因みに日本の自動車産業が世界市場に羽ばたき始めた1970年と80年代、世界で最も厳しい排気ガス基準を展開し、輸出自主規制を励行し、情報産業を支援する等の強い3者連携が実を結んで来た。
「100年目の試練」は1970年や80年代とは異なり、自動車のモビリティとユーティリティは国の省エネル
ギー政策と更に深い関係を持つので、次の3つの対応が必要となる。
①付加価値がサービス・ソフトに替わる中で、自動車産業はソフトウェア産業、ITベ ンチャーとのアライアンスや合従連衡や新規ビジネス・プレーヤーとのオープン・イノベーションが重要。
②資源確保やリユース・リサイクル(電力のグリッドシステム他)、企業がやりきれない領域を国が率先して国際展開する。
③モノが動き繋がる事全てに電池が使われインターネットで繋がった電池社会が到来。電池は“産業のコメ”として多くの分野で機能し、電池社会と自動車社会の連携が大規模のビジネス・チャンスを拓く。
第3節 自動車メーカーの行方
これまで100年間の自動車産業は20世紀前半の大量生産に伴う低コスト・低価格による保有母体の拡大に始まり、続いて20世紀中頃のフル・ラィンによる上級移行戦略による収益拡大を経て、20世紀末の新興諸国の台頭に伴う低賃金によるグローバル化が本格的になった。21世紀に入り先進国も途上国も自動車を所有する価値観が変化し、日本の軽自動車ブームはその例である。また安全、公害、省エネへの対策基準も更に引き上げられ、前述のエネルギー消費効率改善とEVにスポットが当てられている。
(1)巨額な投資と合従連衡の加速
これまでの100年間に自動車生産が高い付加価値を産んできたエンジン、ミッション、サスペンション等の価値は今後著しく減少し、代って付加価値を産むのは新たなソフト対応によるITプログラミングとデバイス、コンポーネンツの摺合せ、内外装デザイン、車両の組立等に絞られる。一方、自動車メーカーの
モビリティ・サービス対応の技術開発には経営の先見性と巨額な投資(研究開発とインフラ整備)が急増する。因みに世界の自動車関連企業860社の有利子負債推移は、2011年度の1兆7千億円から2017年度には2兆2千億円と増加、CASE関連の投資に伴う資金調達の急増が著しい。
この様に付加価値の源泉が従来のハード機器からソフト志向を支配する新しい分野に替る事に加えて市場ではカー・シェアリングの普及や維持費削減に伴う販売台数の低下、低価格商品(例:軽自動車、超小型車)比率の増加、上級車移行率の減退、保有期間の延長等による収益性の低下にも拍車が掛る為、例えば流通・販売の面でも従来のフランチャイズ制チャネル等は見直されるだろう。
このような状況下で、体力の乏しい企業は投資の回収は一層困難になるので、世界のトップクラス企業の傘下に入るか、同規模の企業同士で合従連衡するかの二者択一によって原価を軽減すると共に既納先ユーザーも共有化して販売台数と収益を確保する動きとなるだろう。
(2)新興市場の課題と期待
1位 中国 約2840万台 シェア30% 2位 北米 約2080万台 シェア22% 3位 欧州 約2060万台 シェア22% 4位 日本 約 500万台 シェア 5% 5位 インド 約 390万台 シェア 4% 6位 ASEAN 約 320万台 シェア 3% 7位 アフリカ 約 140万台 シェア 1% |
中国、インド、東南アジアの国々は人口が極めて多く、今世紀以降の目覚ましい経済成長に伴って外貨保有も増加、WTОにも加盟、部品メーカーの支援政策も軌道に乗り始め、大都市交通インフラの整備も進んで来たが、自動車大国への将来を前に次の難題を乗り越えなければならない。
①今後の自動車政策~社会主義(国営企業)vs資本主義(民間企業)
②中心となる自動車需要層~中間所得層 vs下級所得層
③牽引企業の形態~民族系vs外資系
また、国別の特有な事情への対応も急がれる。中国は国有3企業がイニシアティブを執る中で外資系企業との効果的な連携を如何に図るか? インドは自由化政策を貫き民族系と外資系の競争原理を活かした自動車政策を効果的に展開しつつ輸出相手国との自由貿易協定(FTA)を拡大し輸出競争力を如何に強化するか?等である。
嘗て日本の自動車関連企業が一体となって画期的な生産方式や飛躍的な擦合せ技術を開発した様に、今後、新興国に於ける自動車産業は “世界の大量生産工場”としての役割を担うことによって新たな中産階級が形成され、内需拡大が本格化して行くものと大いに期待したい。
第4節 自動車のファッションと文化、そしてブランド
前節で私は「自動車は社会生活の総合的なシステム財として、時代の要請に応える新しい機能を発揮して来た。今後も一層の拍車が掛るだろう」と記したが、一方、自分の趣味として自動車の佇まいを想うと自動車が世に現れて以来、魅力的なファッションと文化を創り出してブランドを築いて来た点も実に愛おしい。
人々は時と共に社会生活を発展して行くと人口が増え、交易が盛んになり、都市が発達し、職業と階層が分化し、政府機構が発達し、宗教、学問、音楽、絵画、建築、ファッション等の固有文化を持つ様になる。
日本も遅まきながら明治以降、西欧文化と融合して来たが、自動車を所有し運転する事もファッションの一つとして洋装、装身具、髪型、美容、絵画、音楽等と同様、時代の文化となった。ファッションは人々の性別や年齢は元より、宗教、道徳、法律、職業、思想、価値観、趣味嗜好、家系、生誕地、社会階層までも表現するので、自動車のファッションも自ずと“乗る人の人となり”を発信する。
黎明期の自動車は“オート・クチュール”であったが100年くらい前から“プレタ・ポルテ”に変わった点はパリ、ミラノ、ニューヨーク、ロンドン、東京発の洋装ファッションとは異なり、ある意味で残念ではあるが。
“プレタ・ポルテ”とは雖も、世界の自動車メーカーは競って自動車ファッションと文化を自社商品と企業ブランドに織り込んで来た。①社会ニーズ、②個性ニーズ、③時の経過(老舗価値)の3つの要素を反映しながら。これからも全世界で合従連衡は厳しさを増す、また自動車の耐久消費財としての機能が重要視されてファッションとしての機能が相対的に退化するのは世の常だろうが、人々が脈々と時間を掛けて築き上げてきた自動車文化を研究し大切に語り継いで行きたい。
第5節 私の日記から・・・・・“自動車の歴史に接する”目的
我々は先祖や両親や教師や先輩から諸々の事柄を教わったお陰で年齢には関係なく一介の社会人として毎日を恙無く過ごせていると思う。そして我々には我々の後に続く将来世代に対しても学んだ諸々の史実をキチンと引き継がなければならない責任がある。その為には先ず、“過去の史実から学んだ事と自分の想いを将来に繋げる感覚”をシッカリ身に着けたい。
博物館はその為の最適な学びの場である。とりわけ自動車は一国の主要な産業で規模が大きく(*)、従事する人々も極めて多い。その上、日本の自動車産業は西欧とは異なる発展をして来ているので現在迄の100年に及ぶ日本の自動車史に諸々の角度から親しむことによって、日本の社会、経済、政治、外交、技術、文化、人々の暮し等も学べ、また今後の日本の進むべき姿を考える為には大変相応しい。
日本の残念な史実、例えば80年前の無謀な太平洋戦争の開戦、30年前のバブル不良債権処理の先送り、現在もなお発生する政治や企業の私物化等は“過去の史実との繋がり感覚”そして“先人の築いた史実を引き継がなければならない責任感”が希薄なことが大きな原因ではなかろうか
(*)自動車株は時価総額(東京株式市場)の約10%を占める
本稿の冒頭で故・前田彰三氏の功績に触れたが、氏は「自分は商品の運搬で自動車にお世話になったので旧い自動車を蒐集し、後世の皆さんにご覧戴きながら日本の自動車文化を後世に伝えたい」と仰っていた。そして「自動車産業史を通じて多くの事象を研鑽された」とも教えて戴いた
私は日本自動車博物館を訪れると先ず2階の前田氏のコーナーに伺う。氏は今尚、我々に対して「シッカリと自動車の歴史を掘り下げていますか?それは自動車愛好家の使命ですよ!」と天国の自動車殿堂から励まして下さっている様に思えてならない。