「時空を超えて」 11

デザイナー 梅田晴郎

筆者略歴

元トヨタ自動車デザイナー・鹿児島大学教授を経て現梅田晴郎 事務所主宰

1943年、 埼玉県生まれ

1966年、 東京教育大学教育学部 芸術学科卒業。

1966年、 トヨタ自動車工業株式会社入社。デザイン開発部

 にて、「マークⅡ」「スターレット」「セリカ」「MR2」 「コロナ」等の外形デザインに携わる。

1987年、デザイン企画業務を担当。

1990年、トヨタ東京 デザインセンターにて、担当部長として、デザイン企画、デザインマーケティング業務他を担当。

1998年、鹿児島大学教育学部美術科及び大学院教授。2005年より現職。

「私の直面した無理難題」

これは40年以上前、トヨタ自動車でデザイン開発に携わっていたときの話である。

当時、トヨタはFF(フロントエンジン・フロントドライプ)のコンパクトカーの開発に懸命だった。トヨタ初のFF車の開発は、当然エンジエアリング主導で、デザイナーはその試行錯誤に引きずり回され、さらに販売関係者の期待も大きく大変苦労していた。

そのプロジェクトに対抗して、「既存のFR車(フロントエンジン・リアドライプ)のパブリカを改良して魅力ある車をつくれないか?」「イイ車ができたら市場に出す」「そのコンセプトは軽く!安くだ!」「開発は短期勝負だ!」、これが私のチームに与えられた課題であった。

デザイン開発のメンバー数はFF車チームの1/5。開発期間も極端に短い、いわばゲリラ的なプロジェクトであった。そのため販売部署の援護(口出し)もなく、「市場の求めるところ」でなく、「自分が買い、使うのだったら・・・・」がデザイン開発を進める上での判断基準であった。

私は入社以来比較的大きな車のデザイン開発に携わってきた。しかし、オイルショック以降私自身の車に対する価値観が変化していた。コンパクトな車に対する関心が湧いていた時期だったので、「小さな車は、“大きく見えるように”ではなく、コンパクトカーとしての魅力があるはずだ!」と、気負って開発に臨んだ。当初から“カチッと引き締まった形”を躊躇なく選択し、造形も手慣れた手法を使った。

それは、「より新しく!」を強く意識して苦労を重ねているFFチームを横目で見てのことである。“先進性・斬新的”、“ハイパワー”一辺倒だった車に求めるユーザーの価値観はオイルショック以降多様化してきていると感じていた。そして、習熟した造形手法で “自分が欲しい車づくり”が楽しめた。

形が一応まとまった段階で、「まずはトップの意見を聞いてみよう」と見せたところ、「これイイ、これで行こう!」となってしまい、延々続いていたFFプロジェクトを追い越して生産・販売への“GOサイン”が出た。

その予想外の“GOサイン”が出てから“無理難題”が降りかかってきた。開発システムが確立している今では考えられないような事態であるが、設計的な検討がされていない段階で形(スタイリング)が承認されてしまったので慌てたのは開発責任者(チーフエンジニア)の永井主査である。「この形ではトップの承認を得ていた重量にはとても収まらない(走行性能、燃料消費量の目標値が達成できない)」「FF車の開発で研究した車体の軽量化技術を応用できないか?」。 

この段階で承認された形を大幅に変えるわけにはいかないので、「鉄板を薄くするしかない!」との結論。それもトヨタで今まで使ったことがない薄い鉄板で。

鉄板を薄くするということは、面に張りを持たせる、風船を膨らませるように丸みを増さなければならない。社内は「トップのお墨付きが出た」と、生産・販売に向かって動き出しているので日程を伸ばすわけには行かない。そこでデザイナーとして許容できる範囲で丸みをつけたクレーモデルを確認し、エンジニアがその“張り強度”を計算する、という試行錯誤を繰り返して妥協点を探っていった。妥協点を見いだすという苦しいだけの毎日で、とでも“止揚”という高レベルの作業ではなかった。

最大の課題はルーフ(屋根)。要件を満たすために丸くすると印象が大幅に変わってしまう。しかも鉄板を0, 5ミリ薄くしても重量はl kg弱軽くなるだけである。乗る人の体重からすれば・・・・と思うのだが。「スタィリングのダメージと重量l kgのどっちを取るのですか?」と主査に食い下がっても、「重量だ!」をガンとして譲らない。「数値目標を達成する!」とのエンジエアの強い執念に弾き返される。

泣く泣くルーフ面を縦に5分割して、それぞれの画の曲率を大きくした。全体の印象は変わらなかったが、スッキリしたかったルーフが、げんこつで殴られてボコボコになったような面となってしまった。

そして結果として、エンジン、サスペンション、インテリアデザイン、そして外形デザインなどを含めて、妥協を許さなかった主査のこだわりが全体に貫かれ、「走って最高に楽しい辛口FRコンパクトカー」と評されたスターレットが世に出せた。

お客様からルーフの形に文旬が出るのでは?と危惧したが、「この車はキビキビ走つたので、軽量化、性能向上のためです、と答えると納得して貫える」と聞き、安堵した反面拍子抜けした。

このスターレットは7年の長きにわたり世界中で予想外の販売を続けたが、何より周りのデザイナーの多くが、同時発売の目新しいFF車の方ではなく、こちらを選んでくれたのが嬉しかった。

                       次号に続く

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