「もう一つの自動車史」 12

  自動車史キュレーター 清水榮一

  (1942年7月23日 東京市生まれ)

略 歴

1965年  4月  日産自動車㈱入社 サービス部、宣伝部、販売部

1984年  6月  日産販売会社代表

1988年  1月  日産自動車(株)営業部主管

1991年  1月  ニッサン・モータースポーツ・インターナショナル (株) 取締役 

2001年 4月   モータリゼーション研究会主宰・片山豊氏執事

2007年  9月   日産自動車㈱アーカイブス活動 企業史キューレター

2019年  1月   日本クラシックカー・クラブ 監査役

2019年  4月  日本自動車殿堂表彰 準備委員

座右の銘       

   「独立自尊」  

 心掛けていること

      「歴史の時代背景(社会・経済・外交・文化等)を大所高所から客観的に俯瞰すること」

関心の高いこと

・近代日本の企業経営史

・自動車のマーチャンダイジング

・クラシックカーのメカニズムとレストアー

・アメリカン・カントリー音楽、ハワイアン音楽、クラシック音楽

・絵画(水彩)                              

 7. 商用車・・・社会の発展を担う生き物たち 

          その3

(2)印象的な商用車

④乗用車派生商用車と商用車派生乗用車

ヨーロッパでは旧くから小型乗用車のコンポーネンツを流用した「フルゴネット」と称される商用車の人気が高い。量販小型乗用車のパワートレーンとボディ前半部分を流用し、後半部分を荷室にしたヴァンが広く普及しているが、更にFRの駆動方式をFFに変更しプロペラシャフトを省いて荷室フロアーを低くした本格的な商用車もある。謂わば「乗用車派生の商用車」であり、主に用途は小口搬送ビジネス用が主で、隣接した街中や郊外で貨物を搬送する用途に最も相応しい形態であろう。

一方、米国ではビジネス用よりも個人が多くの自分の所持品を移動する際にセダン+αとして使うケースが多く、セダンのルーフをラゲージ・ルーム後端部まで延長し、トランク・ルームにもガラス窓を設ける点はヨーロッパの乗用車派生の商用車と同じであるが、アメリカ人の合理精神を反映した結果、1960年代まで乗用車としてフォーマルにも使われて来た。

シトロエン2CV                 ルノー4                VW

         シトロエン・ブレーク                     シトロエン・シトロネット

その後、アメリカでは1960年代までは乗用車を商用車的に使う事が人気を博していたが、1970年代以降、小型トラック(ピック・アップ)やライト・バン等の小型商用車を個人の自家用乗用車として使うケースが増えた。その背景には小型トラックは税制や損害保険料の面で優遇されている事が大きい。“商用車派生の乗用車”の台頭である。また、近年ではアメリカのみならず東南アジアや南米や中東でもこの様な傾向が高くなって来ている。

私はアメリカン・カントリー・ミュージックの大ファンだが、このピックアップ・トラックは開拓時代の馬車の造りにも通じる雰囲気があり、フレーム構造の頑丈なボディ、V8エンジンの太い排気音、そしてしなやかなサスペンション、走破性の高い4WD、側面に貼ったウッド・パネル等は大きな魅力で、現在、約8割が個人の移動用、約2割が荷役運搬用となっているとか。

1970年代後半以降、“商用車派生の乗用車”が“乗用車派生の商用車”に置き換わりつつあるのも、アメリカの人々の生活感覚と自動車生活との関わり合いが大きく変化している事が窺い知れて興味深い。

リヤ・ボディが広く多用途向き        サイド・ドアのウッドパネルが眩い        乗用車ライクなピックアップ
              ウッドパネルのワゴン                   乗用車イメージを大切にしたパネルバン
ツートンカラーが美しいワゴン
ホイール・ベースをストレッチした高級商用車      GM系架装メーカーの救急車          特装警察車両          
      “商用車派生乗用車” の代表例           フォードとダットサン             

⑤バス

英語の「BUS」は、ラテン語「あらゆる人の為の」との意味の「OMNIBUS」の略に由来する。即ち「乗合いバス」である。また、バスの範疇に「コーチ」も含む。コーチという単語は、初めて四頭建ての大型乗合馬車が走ったハンガリーの町名Kocs(コチ)に因み、多くの人々を目的地に運ぶ大型車で、時代の成熟と共に豪華で快適な旅行用バスに発展した。

ロンドン・バス 1910年頃              D.ベンツ   1920年後半             デラヘィ   1940年初期

ロンドン・バスの変遷

19世紀に近代化の先頭を切った英国、首都ロンドンでは馬車時代の1829年から3頭立て・定員22名のオムニバスが運行され、その後1850年にはダブル・デッカー(2階建て)も加わった。平坦な国土と極めて高い道路舗装率と相俟って、効率の良い公共機関として成長した。  

乗車定員を増やす為に運転席がエンジンの真横にレイアウトされている点はキャブオーバー型の始祖鳥的存在である。電気やスチーム車もあったが、1919年には全て内燃機関に切り替わり、定員も46名増えた。1950年代にエンジンはガソリンからディーゼルに替り、更に車体の大型化が進んだ。ボディ構造も1980年代にはセミ・モノコック車両が採用され、パワ・ステ、オートマ・ミッション、エアー・サスペンション等も拡充されると共に、低床化による乗降性の向上も図られている。

欧米に於ける観光バスの進化

トラックとバス等の大型商用車は1940年代にガソリン・エンジンから出力の大きいディーゼル・エンジンに変わって行った。1950年代には直噴方式やターボ・チャージャーによって出力が向上した。

バスのボディ構造はフレームから軽量なモノコックに代り、ボディのデザインも大らかな雰囲気を持つ美しい局面で構成され、カラーリングも大変洒落たものが登場している。1960年代以降、高速道路やサービス網も完備・拡充される様になり、欧米では大型の観光バス(ツーリング・コーチ)が大人気を博している。

初期のコンベンショナルなレイアウト  ボルボ  1950年初期        スケルトン構造(ゼトラ)  ケスボーラー  1958年
トレーラー・バス  ドイツ                        観光バス  ドイツ
OPEL    1940年代初頭                   FKF   1950年代                    FULDA        1960年代

 グレィハウンド・バスの変遷

1913年に創業、1920年代には同業の企業を吸収合併して西海岸から東海岸までバス旅行が可能になった程、大成功を修め、1940年初頭には全米の約4800ヶ所にバス・ターミナルと10千人もの従業員を保有した。1950年代以降、自家用車の普及、空路の拡大、観光需要の変化などに対応する為に経営の多額化を積極的に図った。現在、3100以上もの運行路線があり、格安なツアーとしての人気も高い。

因みに「グレィハウンド」は最も速く走る犬種で、バスのボディ・サイドにモチーフが取り付けられている。日本でも犬のモチーフを取り付けたり、ボディ・カラーリングを参考にしたデザインが多い。

GMC製グレイハウンド・バス                50年代~60年代

バスや鉄道に於けるサービス業の課題

  幾多の商売や事業の中で最も損失機会の少ない業態は、「注文生産」が出来る業態ではなかろうか。事前にお客様から注文を貰い、その後に原材料を仕入れて製造したり、或いは完成した商品を仕入れたりする業態である。

一方、バスやタクシーや貨物の輸送業の場合は予めお客様から事前に予約を貰えるケースは少ない。加えて車両、保守整備の設備、インフラとの整合性確保等々に就いても常にヒト、モノ、カネを手元に予め準備しておかなければならない。

また「商品」としての輸送サービス活動には高い安全性が求められるし、時代の推移と相俟って便利性(運行回数の増大、運行経路の拡充等)、さらに移動中の快適性の強化も求められる。

因みに欧米に於けるバスや鉄道のサービス業の発達過程に共通している“事業成功の秘策”は、次の3点に集約されると思う。

 ①可能な限り正確な現状のサービス需要予測と運行計画

 ②チャレンジャブルな将来のサービス需要予測と設備投資(含・人材)

 ③サービス需要を産む経済、社会、政治等の動向を把握する能力醸成と情報獲得

セントラル・パシフィック鉄道に投資した5人の実業家・・・・・リーランド・スタンフォード、コリス・ハンチントン、チャールズ・クロッカー、マーク・ホプキンズ、そしてコーネリアス・ヴァンダービルトの功績に乾杯!

(3)大型商用車の特徴的な機構

近年の物流と人流の量的な拡大に加えて質的な合理化は具体的には、①積載量の極大化、②環境対策の強化、③架装対応の多様化、④車体剛性の強化・軽量化、更に⑤運用の効率化と室内の快適化を促進しつつある。

大型商用車(含バス)に求められるそれらの特徴的な機構と今後の方向性を簡素に纏めてみよう。

   

キャブオーバー化について

積載量を極大化するには法的に定められた車両の全長、車幅、車高の枠内で、荷室体積を最大にする事が大前提となる。そこで、エンジン・ルームの上に運転操作空間(キャビン)を配する事によってキャビンの前後長相当分を荷台の延長に充てる事が出来る。逆に観ると、同じ荷台長の場合、キャブ・オーバー型はボンネット型に比べてエンジン・ルーム長相当分、全長とホィール・ベースを圧縮出来る為、回転半径を短く出来る等のメリットがある。

日本やヨーロッパなど多くの国々で今日、キャブオーバー型が主流だが、キャブオーバー型の短所もある。

1.衝突安全性で不利・・・・・運転席の前方にクラッシャブル・ゾーンが少ない。

2.整備性が劣る・・・・・エンジンやクラッチやミッションの上にキャビンある為、キャビンをティルトする手間と時間が掛る。

3.空気抵抗が大きい・・・・・ボンネットが無い為、空気の流れが滑らかでなく、真正面からの風圧が大きくなる。

ヨーロッパ諸国では大型と中型もキャブオーバー型が多く、アメリカの大型トラックはボンネット型が多い。とりわけ長距離用のセミ・トラクターは全てボンネット型である。その理由は道路や荷役ヤードが極めて広大である事に加えて、ボンネット型はエンジンの整備性が良く、長旅を強いられるドライバーは広く快適な居住空間(運転席とは別の特注キャビン)の架装にも適している。     

一方、近距離輸送トラックや特装車用ベース車等はキャブオーバー型が活躍している。

 同じ長さの荷台でもキャビン、エンジン、ホイール・ベースのレイアウトでボディ長を圧縮出来る  ダイムラー・ベンツの資料より

     (次回へ続く)

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