「もう一つの自動車史」4

 エンジン3種の源流とCASE  

漢字では「人が動く=働く」と表現する。自動車は欧米で市民権を得て以降130年間、「ヒトやモノの動く(移動)」を支えて来たが、一方で交通事故、交通渋滞、大気汚染、石油資源枯渇等のマイナス面も産んだ。これら多くの難問を解決する為に自動車先進国は法制を定め、専用道路等の社会資本を拡充し技術発展を支援する一方、自動車業界も積極的に経営革新を図って来た歴史も良く知られているだろう。

さてこの先、自動車の世界はどうなるのだろうか?この難題を考える際に自動車だけを対象とするのではなくて、人々の暮らしを支える社会経済システムの変化も併せて考えるべきだが、乗用車、商用車等の保有の内、約7割を占める乗用車の今後の方向はかなり明確になって来たようだ。

因みに10数年後には保有の形態も個人所有から共有(シェアリング)が増え、人工知能(AI)が人の運転を支援し、電気自動車(EV)は過半数になり、量産効果によって価格も下がるだろう。一言で言うと自動車が発揮する付加価値はソフト志向に替って行くようだ。

今回は3種類の動力の源流を糸口に今後の自動車を取り巻く世界の人々の自動車生活と企業の行方を模索してみたい。

(1) 黎明期の動力3種

  自動車史では「自動車の第一号は1769年にN.キュノーが製作した蒸気エンジン搭載の3輪大砲運搬車」とするケースが多いが、実はその少し前にニュルンベルクの時計メーカーがゼンマイを活用し、ブルージュでは風力で“自ら動く車”の実現に挑んでいる姿には驚く。

  しかし実用に供せられた自動車の動力は、①蒸気機関、②電気モーター、③内燃機関の3種類に絞られ、19世紀初頭にはそれぞれ、ほぼ同数の台数が製造・販売されていた模様だ。

 これら3種の動力の内、現在では内燃機関が最も多いが、果して今後はどうなるのだろう?

風力自動車(イメージ作画 ) “ガソリンでも蒸気でも電気でもどうぞ”(広告)

①蒸気機関

18世紀初頭に英国のT.ニューコメンが蒸気による汲上用ポンプ(定地式)を実用化、続いて1776年、スコットランドのJ.ワットが分離凝縮器の特許を取得してワット機関を発明、産業革命を推進した。極めて重かった為に当初は定地に固定されたが、小型化と軽量化が次第に実り、移動出来る様になった。因みに19世紀初頭には蒸気機関を搭載したコーチがロンドンやパリの近郊を定期運航した。

   下図は1829年、英国のジェームス&アンダーソン・ブリティシュが就航していた定期コーチのイメージである。

James & Anderson British Steam Coach(イメージ作画)

蒸気機関は静かだが、装置が重く、蒸気を作る時間が長く、ボイラーの爆発が恐れられた事に加えて、従来の馬車を擁護する動きが強く、また電気自動車とも競合したが、やがて電気自動車と共に19世紀後半に登場した内燃機関にその座を譲った。米国では最盛期には124もの蒸気自動車製造会社があり、日本でも1902年に米国製の蒸気自動車、ロコモービルが輸入されている。 

ジャクソン蒸気自動車(広告) 
スタンレー・スチーマー(作画)

②電気モーター(EV)

キュノーの大砲運搬車から約30年を経過し1799年にA.ボルタが電池を発明、1831年にM.ファラディ等が発電機や電動モーターの原理を発見、1806年にG.プランテが鉛蓄電池を発明、1830年以降はスコットランド、オランダ、アメリカで次々に電気自動車が試作されており、内燃機関より早い。1899年にはフランスで時速100㌔超の記録が作られた。20世紀初頭の米国では約4割が電気自動車だった。

  

アメリカン・エレクトリック(広告)   アメリカン・エレクトリック(広告)    フランダース電気自動車 (広告)                  

電気モーターの長所は、①排気ガスや悪臭がない、②電制システムに馴染み安い、③始動が簡単、③振動や騒音が少ない、④ギアー・シフトが無い。一方、短所は、①航続距離が短い、②充電のインフラが必要、③登坂力が乏しい、④速度が出ない、⑤バッテリーが重く短命且つ高額等であった。しかし街の中の短距離移動には大変便利であり女性層にも好まれた。内燃機関がその性能と扱い方と価格で電気モーター(EV)を制する迄の約20年間は・・・。

そして、自動車の登場から100年を経過した頃から世界の自動車先進国では政治、経済、文化が量的・質的に拡大・高度化し、内燃機関の負の面に疑問を抱く様になった。以降、石油資源の枯渇や地球温暖化を齎す内燃機関よりも電気自動車(EV)を再び人々の暮らしの中心に据える動きに変わり、充電のインフラも次第に拡充されプラグ・イン・ハイブリッド仕様や水素電池等の信頼性も高くなっている。

③内燃機関

1863年、E.ルノアールが2サイクルの内燃機関を発明し、N.オットーがダイムラーやマイバッハと共に4サイクル・エンジンを実用化した。

  内燃機関が電気モーターよりも出力が大きいという長所は自動車のみならず、船舶、航空機、産業用機械等にも適していたので、欧米の先進国は国を挙げて内燃機関技術の振興に努めた。

世界は折しも世界第一次大戦に向かっていた頃で、米国では大量の油田が発見され、H.フォードが低価格のガソリン・エンジン車を大量生産し始めた事も大いに内燃機関の普及を加速したと考えられる。

1902  キャデラック モデルAと単気筒内燃エンジン(カタログ、広告)

(2) 自動車の栄枯盛衰(消えた名車たち) 

 数ある耐久消費財の中で自動車ほど魅力に富んだものは少ない。特にクラシック・カーの名車達はその時代の世の中の動きや人々の考え方や産業技術力等を今日に伝えている。 だが、冷静に自動車史を俯瞰すると、“ニッチ・マーケット向けの高級車は企業経営の面では継続・発展が困難であった”という史実にも留意しておかなければならない。

 20世紀中頃に掛けて数多くの高級な名車が現れたが、やがて姿を消したブランドが実に多い(下のブランドはその一例)。自動車フリークにとっては誠に残念この上ないが、次の3つの要因を克服出来なかったのではなかろうか。

① 製造原価が極めて高額になった為、販売価格も市場自動車価格より遥かに高額になってしまい、量産・量販が困難に。

② ①の結果、代替の母体となる自社保有ユーザーと保有台数は極めて少なく長期的にも増加出来なかった。 

③ ②の結果、収益が低迷し先行投資(設備償却と新規投資、新技術開発、販売体制拡充、人材確保等)が困難に。

                               往年の名車ブランド ・グラスコースター                                               

言う迄もなく、市場に於ける販売価格は需要と供給が均衡する付近で自ずと決まるから、原価の高額な商品であってもこの価格帯を超えた値付けは出来ない。つまり一台の利益額には上限があるので生産・販売の台数を増やす事で収益を上げる戦略が必要になる。

一方、増産増販に比例して原価は次第に逓減する。因みに1959年に英国の経済学者、A.シルバーストンとG.マクシーが「マクシー=シルバーストン曲線」を発表し、“生産量が増えれば流れ作業や機械化や学習の相乗効果が現れて1台当りの製造原価は下がる。自動車製造の最適規模は組立・鋳造工程で年間100千台、機械加工工程で年間500千台、プレス工程で年間1,000千台”と唱えている。

製造・販売の台数を増やして総利益を拡大する事により総費用を賄い次期商品の設備投資等に向かい、長期的には雇用を確保する事が何処の企業、何処の国、何時の時代でもマストなのだ。

ユーザーの関心は「貴重な高級車」や「お値打ち小型車」に収斂するのは当然なので、他社より優れた商品を開発・製造・販売する事によって販売台数を伸ばす戦略を採るが、市場には無限にユーザーが存在する訳ではないし、競合他社も頑張っている。また、自動車用コンポーネンツや部品やシステム・ソフトを専門に開発しているサプライヤーも取引量を拡大する目的で製品単価を逓減して他の多の自動車メーカーとも取引を始めるので、企業がリリースする商品優位性は相対的に次第に減少して行く宿命を負っている。

(3) 今後のゆくえ

① 自動車を取り巻く社会生活の変化~この先約20年の想定

 ㋐  自動車先進国 ・・・所有から共有の利用へ(モビリティ機能の拡大)

  ⓐ 個人所有から共有、更に公共に変わり、ITを使った配 車 システム等が普及する。

 ⓑより簡素な運転操作(自動運転、小型軽量化等)。

   Ⓒ環境保全(温暖化ガス排出の削減)や資源保存(枯渇回避)に向けた仕様・装備の義務化がさらに進む。

 ㋑ 発展途上国

   ⓐ 経済発展に比例して個人が保有する自動車を活用した物流機能が細分化され積極的になる。

   ⓑ都市化の進展に比例したモータリゼーションが発達し、国の総合産業として国産化と社会インフラ整備が進む。

   ©一定の水準までモータリゼーションが進展した後は、現在の自動車先進国と同様の傾向に向かう。

②世界の国々の利用状況

国連人口基金(UNFPA)の「世界人口白書」に拠ると、この地球の人口は現在78憶人の由。私の推測では、往年の鉄道に替って人や物を載せて意のままに隈なく動く自動車の効用に与っている人々は世界人口の約3割、25憶人前後ではなかろうか? 今後は他の50憶の人々も自動車の効用に与れる日が早く到来する事を願って止まない。

因みにBRICs諸国の人口は世界の約4割を占め、自動車生産台数では中国が1位、韓国が5位、インドが6位、ブラジルが7位、メキシコが8杭、ロシアが12位となって居り、急激なモータリゼーションの渦中にある。この状況は第二次大戦後に自動車先進国がモータリゼーションを経験した頃の人口の約3倍にもなるから、今後の自動車社会が誤った方向に行かない様にしなければならない。

また、国土交通省に拠ると2018年末現在、世界の四輪車保有は約14億台とか。2030年には20憶台になると予測され、著しい人口の増加と相俟って一人当り保有台数も増加する。自動車が人々の暮らしに尚一層貢献する割合が高くなるのは大変喜ばしい。

自動車は今後、全世界で普及発展して行く過程に於いて、概ね次の様な傾向があろう。

       自動車先進国    発展途上国
①利用目的と利用頻度 大都市では社会資本(公共交通機関や情報通信網)が拡充され、また物流機能のビジネス細分化(例:宅急便、宅配ピザ、ウーバー・イーツ)も一層進化するので、個人が物財の移動の為に自動車を利用する割合は減少し、家族や個人の移動(例:通学送迎、家族ドライブ)が主になる。 一方、地方都市では高齢化に伴う移動手段としてのニーズが一層高まる。   経済が発展し物流が盛んになるに比例して個人や企業が個別に自己所有の自動車で移動し始める。  当初は先進国の自動車から多くを学び、中古車輸入が多いが、次第に自国の利用目的に合致した商品を国産化していく。 所有する事が大きな価値観の一つ。
②自動車の仕様、価格   機能的に優れた仕様(超小型、軽量、簡単操作)が歓迎される。   ステータス・シンボルとなる仕様が歓迎される。 販売価格が年間国民所得の1.3倍以下になる時点でモータリゼーションが急加速する。
③保有形態 個人所有から次第に共有(リース、シェアリング)へ移行。どの種類の自動車にも気軽に安価に乗る事が出来る。 先ず数人で共有し、その後に個人所有へ。更に併有へ。

2010年現在、米国とEU27ヵ国が筆頭自動車保有国であり、中国と日本がそれぞれ76百万台、75百万台であったが、2030年には米国とEU27ヵ国の伸長よりインド、中国、中近東の伸長が著しいと推定されている。

(4) 自動車製造の付加価値

 ①3つの付加価値

  人々の命を預かり環境に優しい耐久消費財を提供する自動車ビジネスは概ね次の3つの付加価値が経営を支えていると思われる。

  内製価値~高度な技術と特徴的なデザインを内製する事。エンジン、パワートレーン、サスペンション、各種デザインがその代表。

 ㋑ 組立価値~多くの部品やユニットを多くのサプライヤーから集結(購入)し、擦り合わせて1台の自動車に組み上げる事。

 ㋒ 雇用価値~国の総合産業として大規模な雇用を創出し、また利害関係者(ステイク・ホルダー)からの信頼を得る事。

②繁栄企業に共通する活動 

 前項の「消えた名車たち」に記した3つのマイナス要因に脚を採られない様に、企業はいち早くヒト、モノ、カネ、情報の長期戦略を立て、執拗に繰り返しつつ自社の強みを客観的に評価し改善する。このサイクルを回す事が出来た企業が繁栄している。

例えば、商品開発・生産・販売の展開順序は次のサイクルだ。

製造、販売、再投資の一連の営みで、常に川下の状況を最優先した仕組みを作る。例:ムリ、ムダ、ムラを排除した仕組み。

㋑ 例:大衆車市場に低価格のエントリー・カーを投入

㋒ エントリー・カーの代替到来時に少々品質と仕様の良い商品を開発し投入する謂わば“商品群のハイラルキー”を設定する。例:「少しだけ高級で少しだけ高額な新商品」。

㋓ “商品の製造はメーカー、販売はデーラー”と、役割分担を明確にし、両者の対等な信頼関係を構築。例:地場資本販社を尊重。

㋔ 他からの借入資本ではなく、内部留保(自己資本)を充当した設備投資を継続し、長期的な雇用の確保と継続する。

(5) 今後の自動車

「30年後には、ガソリン・スタンド、交通信号機、自宅駐車場、運転免許証は無くなる」と予言する人も少なくないが、今後の自動車社会では概ね次の傾向が明確になって来ている。

社会生活の進歩と変化を受けて自動車はこれまで以上に社会インフラの中枢になり、新しいモビリティ社会(Connected Autonomous Sharing Electric)が出現する。通勤、通学、買い物、通院、宅配、企業間配送等、人々や物財の安全で確実で安価な移動はもとより、自動車が新しい社会的な付加価値を発揮する。これらの変化を「第四次産業革命」と称する研究家も居る。 

具体的には、情報通信技術と法制が整備されて新しいモビリティ空間MaaS(Mobility as a Service)が定着する。共有化された自動車は航空、船舶、鉄道、バス、タクシー、レンタカー、レンタサイクル、ドローン等とも連携し、適確な配車サービスや推奨運行経路がスマホやPCと連動しつつ、利用者に安全で迅速で快適な世界を提供する。

       一例として、日本のみならずコロナ禍を契機にして自動車先進国では従来の都市一極集中化に歯止めが掛かるから、地方都市の生活に新しい諸々の機能(ソフト)が採り入れられる。

 ②自動車には安全走行と自動運転等のAIデバイスが装着され、電気自動車(EV)のシェアが高くなる。一方、大型商用車は当面内燃機関のクリーン化を推進するシステム作りが強化され、中型車から順次電気自動車(EV)に移行して行くだろう。

今日の電気自動車(EV)の性能が優れている点に就いては、早い話が日本で20年位前からママチャリ電動自転車が大きな人気を得ている実績からもわかる通り、身近な物財の移動には電気動力がクリーン、コンパクト、最も取り扱い易いのだ。これまでの様な「エンジンが掛かっている」から今後は「電気が点いている」という言い方に変わるかもしれない。

③従来大きな内製付加価値を産んで来た内燃エンジン、パワートレーン、サスペンションの利益貢献度は低下するから余力のある企業のみがこれらのニッチ商品の生産・販売を存続出来よう。また、特有の素材に付加価値をつける異業種の参入もあろうし、少量多品種のマーチャンダイジングも容易になる。

④個人保有から共有が多くなる為、販売台数が減少し新車利益も減少、従って保有台数も次第に減少しアフター・サービス利益も減少して行く。この結果、販売会社は整理統合され、資本力のある販売会社がメーカー系列を超えて流通を支配し始める。

因みに家電商品の流通史を覗くと、1950年代には電機メーカー別の販売系列(地域別)の小売店であったが、その後、市場が成熟化するに従って大手の電機販売店やスーパー・ストアーが全ての電機メーカーの商品を販売する様になった。そして1980年代には電機商品のみならず人々の生活に直結した商品(建築財、家具、家庭菜園、薬剤、食品等)を一手に扱う様になり、人々の社会生活のシステム(ソフト)を軸とした小売の業容に進化して来ている。

⑤早期に電気自動車(EV)に取り組み、開発技術、生産技術、使い方のソフト等に投資と蓄積をしながら多くの電気自動車の顧客層を拡大して来た自動車メーカー、サプライヤー、販売会社等が優位に立つだろう。

自動車を生産・販売し収益を確保し再び設備投資をするハードを軸とした従来の自動車ビジネスの枠組みを卒業して、MaaSと言う新しい社会生活ソフトを軸とした新世界に於いて一馬身も二馬身も先頭に立てる機会でもある。

                                                                     -了-

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