デザイナー 梅田晴郎
筆者略歴
元トヨタ自動車デザイナー・鹿児島大学教授を経て現梅田晴郎 事務所主宰
1943年 埼玉県生まれ1966年、東京教育大学教育学部 芸術学科卒業。 同年トヨタ自動車工業株式会社入社。デザイン開発部署にて , 「マークⅡ」「スターレット」「セリカ」 「MR2」「コロナ」等の外形デザインに携わる。1987年、デザイン企画業務を担当。1990年トヨタ東京 デザインセンターにて、担当部長として、デザイン企画、デザインマーケティング業務他を担当。1998年鹿児島大学教育学部美術科及び大学院教授。2005年より現職。
9、「車の楽しみ方 1999年5月24日 」
どんな車を選択するかが、その人のキャラクター(人となり)を表現すると思われている。クラウン、アコード、マーチ、パジェロ、ベンツと、それぞれオーナーのイメージが浮かんでくるであろう。しかし、車もファッションに同じく、単にその人のキャラクターを表現しているのではなく、「こうありたい自分」を表現しているともいえる。
例えばパジェロは不整地走行用の四輪駆動車。パリ・ダカールラリーでサハラ砂漠を走り抜けた車として名をなした。この手の車を買うのは実用的機能よりも、イメージ的な機能を期待している人が多い。その車を手放すまでに一度も荒野に踏み込まなくても「オレはこの管理社会の中から抜け出そうと思えば、いつでもこれで荒野へ走り出せるんだ‥‥」と思いながら、毎日スーツ姿で通勤するサラリーマン。「男のロマン」である。
車は高価な買い物だけに「身の丈サイズ」ではもったいない。違った世界に身を置いてみたいと思う時、車は格好の大道具である。そして必ずしも上昇志向を意味しない。高度成長社会から成熟社会への転換、上昇志向から価値観の多様化となり、ズレ感覚を楽しむ余裕がでてきた。
貧乏人が金持ちを装うより、金持ちが貧乏を装う方が面白い、と気づいた。ファッションの世界ではバブルがはじけてから「金持ちに見えないのがいい」と、グランジやリサイクルなどの流行が始まった。ボロボロの破れたジーンズや古着然としたファッションである。昨今の「レトロカー」ブームも、この一環なのであろう。文化が行き詰ると出現する「窶(やつし)」である。
六十八歳の知人は、ファーストカーが軽のトラック(ダイハツ・ウォークスルーバン)で、セカンドカーがロールス・ロイスである。ロールス・ロイスがぴったりのキャラクターをもつ紳士だが、ふだん使いは軽のトラックである。舞台で演じる俳優を見ているようで、大変おしゃれに見えるが、とてもまねはできない。都会で成り立つ遊び方であり、アイデンティティー(自己)の確立ができているからこそできる大人の遊びだ。
「南日本新聞」 1999年5月24日付け より転載
次号に続く