「時空を超えて」 3

デザイナー梅田晴郎

筆者略歴

元トヨタ自動車デザイナー・鹿児島大学教授を経て現梅田晴郎 事務所主宰

1943年 埼玉県生まれ1966年、東京教育大学教育学部 芸術学科卒業。 同年トヨタ自動車工業株式会社入社。デザイン開発部署にて , 「マークⅡ」「スターレット」「セリカ」 「MR2」「コロナ」等の外形デザインに携わる。1987年、デザイン企画業務を担当。1990年トヨタ東京 デザインセンターにて、担当部長として、デザイン企画、デザインマーケティング業務他を担当。1998年鹿児島大学教育学部美術科及び大学院教授。2005年より現職。

「鹿児島のスピード」

狭い日本でも土地土地で車の流れは固有のスピードを持っている。鹿児島に来た当初、クルマの流れにテンポが合わなかった。流れが遅いのにイライラしてまわりから浮いたエネルギッシュな運転をしていた。年が五十代半ばだというのに。

 学生から「先生は食べるのも歩くのも早い!」と言われる。授業での話し方が速すぎるのが、話している自分にもわかるほどだ。話しているうちに、あれも話したい、これも言っておかなければ、と学生の理解のスピードにおかまいなしに早口になってしまうのである。結果として肝心なことが伝わらない。

 鹿児島に来てから車を買い替えた。コンパクトでスポーティーな車か、大きくユッタリタイプの車にするか迷っていた。こちらの交通事情がわかった時点で、迷わずユッタリタイプの車に決めた。スポーティーな車ではストレスがたまる、と考えたからだ。

 これは正解だった。運転のリズムが鹿児島の車の流れに合ってきた。ユッタリ走るとまわりの車やバイクに対する意識が変わった。イライラ運転のときは車と車の関係だったのが、ユッタリ運転では運転している人と人の関係として意識するようになった。人が見えてきて相手の気持ちを察するようになってきた。

 “豊かさ”も“幸せ”も結局は人と人の関係のあり方ではないか。

 今まで、急いでどこへ行こうとしていたのだろう。成長社会では将来のために“今”を我慢してきた。したがって先進性やスピード、若さに価値があった。しかし「将来でなく今を充実させたい、楽しみたい」との価値観が広がりつつある。車でレトロ感覚のデザインが受けているのには、そういう価値観の変化がある。

 当初は路上でイライラしながら「卿に入れば卿にしたがえか…」とジッと我慢で運転していた。しかし、これからは競争社会から共生社会、高齢化社会へ転換していく。考えてみると鹿児島が時代のスピードを先取りしているのではないか。

 東京スピードでなく鹿児島スピードの時代が来る。温泉にユッタリ浸かっていると、ますますそう思えてくる。

               「南日本新聞」1999年2月1日付け、より転載

次号に続く

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