「時空を超えて」 1

デザイナー梅田晴郎

筆者略歴

元トヨタ自動車デザイナー・鹿児島大学教授を経て現梅田晴郎 事務所主宰

1943年 埼玉県生まれ1966年、東京教育大学教育学部 芸術学科卒業。 同年トヨタ自動車工業株式会社入社。デザイン開発部署にて , 「マークⅡ」「スターレット」「セリカ」 「MR2」「コロナ」等の外形デザインに携わる。1987年、デザイン企画業務を担当。1990年トヨタ東京 デザインセンターにて、担当部長として、デザイン企画、デザインマーケティング業務他を担当。1998年鹿児島大学教育学部美術科及び大学院教授。2005年より現職。

「モノの”完成”とは」 

もう三十数年前になるが、工業デザインを学ぶために入った大学で、先生が「モノは使いこなされた時が第二次完成、真の完成だ!」とおっしゃった。モノが工場から出荷され、店頭に並んだ時は単なる第一次完成、仮の完成にすぎないというわけである。

 私は昨年4月に鹿児島大学に赴任したが、それまで三十二年間、自動車メーカーで新車の開発に携わっていた。前半はデザイナーとしてひたすら先進性を追及、今ある車をいかに古臭く見せるかを工夫した。

 高度成長期であり自動車市場は拡大していたので、そんな仕事にあまり疑問も持たずに次から次へと新型車を世の中に送り出した。後半はデザイン企画部署で、お客様の立場から生活の中での自動車、生活を豊にする自動車のあり方を考えた。

 そのころ、先の先生の言葉をよく思い出した。さらに自分なりに「上手な廃棄、リサイクルはモノの第三次完成だ!」と付け加えた。うまく消えてなくなることが、モノの最終完成と考えた。

 使いこなされているモノは美しい。しかしわれわれは、いかにたくさんのモノを二次完成させずに捨てていることか。そこにはさまざまな要因が考えられるが、何よりも”生活の仕方が定まっていない”ところに、その源だある。

 戦後、日本人は従来の価値観を大きく変えて進歩と変化の時代を生きてきた。生活の仕方も目まぐるしく変わったから、モノを買うにしても”とりあえず”の買い方しかできなかった。生活の基盤としての家からしてそうである。子供の将来の生活がどうなるか分からないから、とりあえず自分の代が住めればイイか・・・となってしまう。

 しかし、経済成長も鈍化し”先端喪失の時代”と言われるように社会全体として浮き足立つことはなくなってきた。そろそろ落ち着いて自分自身で、自分と自分たちの”生活の仕方”を定めていくべきだろう。そうすれば二次完成させたモノに囲まれて暮らせる。それがモノに関しての豊かな生活ではないか。

 モノづくりのメーカーは二次完成に耐え得るモノの開発、生活者としてはモノの価値を見極める目が必要である。

        南日本新聞 (1999年1月18日発行)掲載記事より転載

次号に続く

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