自動車人と語る 2

筆者紹介: 塚原大蔵

自動車文化愛好家。八重洲出版「オールドタイマー」誌で歴史物を寄稿中。獅子座。

第2回『暴走』事故を防ぐには?

●ドライバーによる暴走事故は年間7万件も発生しているそうで、『高齢者』でなくとも決して他人事でもないわけです。自動ブレーキなど誤発進を防ぐ様々な先進安全装備が新車に装備され、後付製品もリリースされています。取り付けのための補助金もあるようです。

しかし誰もが、つねに最新型の高額車両を所有できるわけでは ありません。世の中的にメーカーが莫大なお金をかけたシステムばかりに注目しがちですが、もっと単純に設計段階でのペダル配置位置の改善で、ドライバーによる暴走が発生しにくい、車両開発の余地が残されていると思うのです。

●AT車の操作法とは? R32主管であり、スカイライン中興の祖として知られる伊藤修令さんは、歴代スカイ ラインの設計者であります。車好きなら知らない方はいない、伝説の自動車人です。

■伊藤修令氏(いとう ながのり)1937年広島県出身。’59年広島大学工学部機械工学科卒業。
同年富士精密工業(株)入社。車両設計課に配属以来、日産合併後も’89年式R32まで歴代スカイラインの開発に携わる。R32主管としてGT-Rを復活させ、スカイライン中興の祖として知られる。
その後オーテック・ジャ パン常務取締役等を歴任。

 伊藤さんに『暴走』とAT車について聞いてみました。
「確かに、アクセルとブレーキペダルの位置に問題はあると思う。位置に関して、何か基準を作るにしても国内だけじゃなくて、国際的な規格にしないと意味がないだろうし。今だと、じゃあ、俺がやろうと手を上げる人もいないよね、本田宗一郎さんがいたらやりそうだけど。でもメーカーで、ちゃんとやれば出来るハズですよ」

 ペダルの操作法についても聞いてみました。現在自動車の主流はAT車。アクセルとブレーキペダルの2ペダルです。「僕は2ペダルならね、右足アクセル、左足ブレーキ、と両足で踏むペダルをそれぞれ 分けちゃって、運転すれば良いと思う。ゴーカートみたいにさ、ススムは右、トマルは左、慣れちゃえば一番合理的だと思う。両方踏めば止まるんだからさ。

いままではMTがあったから、クラッチ操作が必要だったでしょ。ただ、これまで習慣になっていた運転法を、途中から替えるのは難しいだろうね」 たしかに、アメリカ人は殆ど両足でペダル操作をするのが普通だそうです。アメリカ人から見ると、AT車を片足でアクセルとブレーキ操作をする日本人は、曲芸をしているように見えているのでしょうか?

「スカGがファミリーカーだった時代と違って、今やファミリーカーで ”走り” を追求するんじゃない。当たり前のようにATが主流になったのだから、ドライバーもATに合わせた運転法があっても良いはずだと思う。僕はペダルを踏む足を分けるべきだと思う。’60年代にトルコン(AT)が少し増えてきた時に、雑誌の モーターマガジンやモーターファンとかでテストに来た大学の先生に、ペダルを分けて踏んでる人がいましたよ」

1965年式プリンス スカイライン 1500 AD
60年代にプリンス・日産・トヨタ各社は、大規模輸出先であるアメリカ市場の需要開拓に向けて
ATを実用化し、ダットサントラックでさえ、AT標準となっていた。日本国内市場では高いガソリン価格故に、燃費がネックとなり、普及が遅れたのは皮肉である。

 ひょっとして、日本人が右足一本でペダル操作する習慣は、右足はアクセルとブレーキ、左足でクラッチを踏む必要性があった名残なのでしょうか? ATが普及したのなら、それに合わせた運転法があっても良いわけです「だから免許を取る時に、国として何かしらやれば良いと思う。一度ついた習慣や制度を替えるのは難しいから、若い世代から主流を替えてゆくしかないんでしょうね」
こうなると、自動車教習所が存在する日本では、そこでの指導法が問題になってきます。

 ちなみに、初の日本製御料車であるプリンス・ロイヤルなどプリンス、日産で車体デザインをされた森 典彦さんは、ドイツ留学時に運転免許を取得。その時は係官が言うままに、いきなりVWビートルを運転させられて、たった一日、それだけで実技は終了だったそうです。にもかかわらず、帰国後日本で免許を書き換えて以来、 無事故無違反であります。

 外国に、日本と同じような教習所が存在しないのを見ると、あっても、なくても事故の発生率に変わりはないようです。
 また伊藤さんは、ドライバーがブレーキペダルを踏んでいることを、つねに確認できるように、ダッシュボードのメーター内にブレーキランプと連動した赤色灯を警告灯と同様に設置するのも一案だといいます。「少なくともドライバーが止まるつもりで、アクセルペダルを踏み続けて、100mも走り続けてしまうような暴走は防げるんじゃないかな」
 自動車メーカーが『高齢者』が運転するという視点で、新車開発をするのなら、メーターデザインに取り入れられても良いアイデアだと思います。

●アメリカ式運転法のススメ
 ’60年代〜’70年代にかけて、日産自動車で東アフリカ・サファリラリーの優勝車を含むモータースポーツ用車両のシャシー設計を担当したのが、エンジニアの野口隆彌さんです。難波靖治監督率いる日産サファリラリーチームを優勝に導いた大立役者のお一人です。’80〜‘90年代には日産初のSUV車両であり、アメリ カでデザインされたテラノなどの商品企画やモータースポーツ全般の企画・統括を担当なさいました。

 同様にAT車の2ペダル運転法について聞いてみました。
 野口さんの印象では、日米のAT比率は90%以上と高く、欧州のAT比率は50%以下だそうです。「私も米国人の運転法で、2ペダルの車を右足アクセルペダル、左足ブレーキペダルで運転しているのを多く見てきました。

■DATSUN AD
1970年代のアメリカ市場における日本車は、ダットサントラックでさえATを搭載していた。
AT車の普及が遅れたのはなんとも皮肉である。

日本の自動車教習法の変更は、官庁への許可など面倒な対応が必要と思いますが、2ペダル専用免許取得希望者には、右足アクセルペダル、左足ブレーキペダルの運転法も、教習法の変更後に教習しても良いと思います。 でも、’60年代に製造された車両など趣味のクルマを含めて、3ペダル(クラッチ付き)のクルマは今後とも残るので、欧州や日本の左足でクラッチペダル、右足でアクセルとブレーキペダルを操作する運転法は無くせないと考えてますけどね

では『暴走』についてはどうでしょう?
「国内の最近のペダル踏み間違い事故を起こした例を見ていると、『高齢者』と『特定車種』が多いと感じてます。これはペダル配置が1つの原因とも思われるし、修令さんが言われる様に、メーカーが既に対応していると思いますが、『国産車、外国車含めて適切な位置配置を一度、全部調べて』メーカーが率先し最善の配置対応を進めることが必要と考えますよ」

 メーカーエンジニアOBもペダルの位置については再考するべきだと、感じているようです。

●みんなに優しいクルマ作り
 同じく日産自動車の研究所第3実験課で多くの競技車両の開発に携わり、’72年のラリーモンテカルロでは、アルトーネンがドライブする240Zを3位に導いたエンジニアのお一人が篠田智博さんです。

 篠田さんは現在、日産ノートe-POWERに乗っています。この車には『ペダル踏み間違い衝突防止アシスト』が付いていて、慣れると減速の際ブレーキペダルを踏む必要もなく、運転自体が非常に楽だと好評です。ただしこのシステムによる減速中はブレーキランプが光らず(点灯しない)、追突されないために意識的にブレーキペダルを踏む必用があるといいます。

 基本的にアクセルペダルとブレーキペダルの踏面の高さは、車種を問わず同じだと思っていたのですが、メーカーにより違いがあるようです。
 篠田さんが乗っている日産ノートe-POWERは、アクセルとブレーキペダルの高さに高 低差があり、踵を軸として右足先をアクセルペダルからブレーキペダルにずらそうとすると、足先がブレーキペダルの側面に引っかかり、思うように足がブレーキペダルに乗らないのだといいます。「歳を取ると足の筋肉も落ちてくるので、低速の時だけでなくイザという時に心配ですね」

 当然日産の新型車ですから、人間工学や厳しい社内基準に基づき開発されているのでしょう。あるいは、ペダルの配置はユーザーの個人差と受け取られる問題なのかも知れません。しかし単純に思えるペダルの配置は、まだまだ配慮が必要な個所だと思われます。ドライバーの、年齢、脚の筋力、運転時間、履いている靴のサイズ、靴の種類や靴の横幅の大きさ、などとペダルの配置位置の関連について、深く研究しているメーカーがあるとは聞きません。

 日産のe-POWERは、ガソリンエンジンとモーターを融合した、日産独自の新しい電動パワートレインで市場でも好評です。日産ノートの他、搭載車種も拡大中であります。せっかく『ペダル踏み間違い衝突防止アシスト』も付いているのですから、あらためてペダル配置にも目を向けた開発をお願いしたいですね。ペダル配置の設計には、莫大な設備投資を必用とはしないのですから。

 自動車各メーカーの研究開発費は完全自動運転実現に向けて膨大となり、VW1兆8000億円、トヨタ1兆556億円、日産もBMWも6000億円を越えています。その中で開発される自動ブレーキは、一頃のエアバックと同様に、もはや標準装備品として普及しつつある装備です。より高い安全性能をもつ新車を開発する現場 で、日本は高齢化社会なのですから、『高齢者』に向けたクルマ開発に力を入れもよいのではないでしょうか?

 事故防止研究もかねて『高齢者』1万人モニターをやってみて、高齢でも運転しやすい、維持しやすい、という視点でデザイン・開発された新車があれば、必ずヒット商品になるはずです。そしてそれは結果的に社会的にも、みんなに優しいクルマになるはずです。

 歳を取ったり、体にハンディキャップがあるが故に必用なのが、移動手段としての自動車です。高齢者から免許を取り上げるのではなく、『高齢者』を含めたみんなに安全な新車の発売を待ってるドライバーは、多いのではないのでしょうか。

■ご案内
●伊藤修令さんが語る、スカイラインS54については『オールドタイマー』誌2018年12月号、PGC10型GT-Rについては2019年6月号
●野口隆彌さんが語る、1971年第19回東アフリカ・サファリラリー240Z初優勝について は『オールドタイマー』誌2019年8月号、をご覧下さい。

次回に続く


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